EMUSS 切なさ。

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戦国BASARAや魔王JRや戦国武将やその他もろもろに対するたぎる思いをぶちまける日記。

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切なさ。 

オーデュボンの祈り (新潮文庫)オーデュボンの祈り (新潮文庫)
(2003/11)
伊坂 幸太郎

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「オーデュボンの祈り」著・伊坂幸太郎

読み終わりました…!
伊坂先生のデビュー作ということで、すごく、熱というか力みたいなものをぐんぐん感じました。
不思議なお話だな…というのがはじめの印象で、おそらく2度3度と読んでいったらかわっていくのだと思います。

荻島という不思議な、外界とは違う世界と常識をもった島の中の、そこに暮らす人々がみんな生きてるのですよ。
小説の中だけでなく、ふと隣をみたら、そこにいるんじゃないかと、そんなふうに思うくらい、身近なんです。

島の人たちが生きる指針としていた…というより、島の仲間として大切にしてきたカカシが“殺された”ときの、それぞれの反応がとてもリアルで、現実的なんですよ。
悲しんだり、混乱したり、意外にも淡々としていたり…
でもそれがリアルなんですよ。
みんながみんないっせいに悲しんで大泣きして…っていうのだったら、理解はできるけど恐ろしい光景だと思うんです。
みんな同じ反応…。怖いんですよ。
でも今の日本の人たちは、そうなんですよ。
ひとつの事柄にたいして、みんな同じ反応を示すんですよ。
細かい考え方とかはそれぞれにもちろん違うのですが、メディアにあやつられて感情をコントロールされてしまっているんですよ。
たとえば「どこそこの国がこんなことをした」っていうと、その国に対してメディアがすっごい感情論で報道したりする。そうすると日本人は対して知りもしないくせに、「この国は悪い国だ」って思っちゃうんです。

…と、そんな今の日本と照らし合わせたときに、この荻島に暮らす人々は淡々と生きているのだけど、人としての感情や反応というのをちゃんと持っていて自分で考えて暮らしているんだな、と思ったのです。
他人の考えや感情に流されないのです。
それはとても自分勝手なように感じるけれど、とても大切なことなのですよ。
小説の中で、「この島に欠けているものを、外からやってきた人間が持ってくる」という言い伝えが島にあって、そして「欠けているものとはなんだ?」という問いかけがずっと、終わりまでつづくのです。
逆に言うと、「荻島にあって外の世界に欠けているもの」こそ、「自分自身」というものではないかと。
そんなふうに感じたのです。

カカシの優午が、自分の命をかけて、守ろうとしたもの、人間にしかけた小さな復讐。
それはとても切なくて、感動とは別の悲しさを呼びます。
優午の優しさと、憎しみみたいなものがじわじわと伝わってくるのです。
小説の最初から最後まで、仕掛けられた罠なのです。
島の住人たちがやっている細々とした動作が、すべて罠なのです。
最後まで読んで、「あっ」と気づくのです。

とても不思議な話なんです。
不思議な話なのに、最後まで「どうなるの?」「なんで?」とは思わないのですよ。
それが不思議なんです。
本心ではどうなるか知りたいんです。
知りたいのにそれが表に出て来ないんですよ。読み進めるのに必死で。

この夏におすすめの小説です。
ぜひ、読んでみてください。
小説がだめなら、漫画も出てますので。ぜひ。
[ 2009/07/26 14:53 ] 小説 | トラックバック(-) | [編集] コメント(-)