今週の月曜日、毎週京都までお世話をしに行っている母から「会いに行くように」と連絡があり、「あぁとうとうなのかな…」と覚悟はしてました。
火曜日、無理言ってバイトを休ませてもらい、姉弟そろってお見舞いに行きました。
そのときは、すでに、ドラマでよく見るような、生命維持装置のようなものが動いていました。
お見舞いに行ったときは、私たちの呼びかけに目線だけで反応してくれていましたが、肺炎による高熱で浮かされており、非常に苦しそうでした。
昨日の水曜日は、1日、病院からの連絡もなく、「大丈夫だったのかな」と安心していましたが、今朝の4時ごろ、病院から緊急で連絡が入り、家族で京都まで急行することになりました。
車の中で、運転している父以外は、さすがに早朝だということもあって寝ていたのですが、私だけは不安と心配で眠れず、ずっと、窓からだんだん夜が明けていくのをながめていました。
車の中では、まだあまり実感が得られず、祖父のことも祖父以外のこともごちゃごちゃといろんなことが頭の中でぐるぐるしていて、それこそ「今日のバイトはどうしよう 火曜日休ませてもらったし、さすがに今日もってことは…」とか、「お腹がすいたな」とか「眠いのに眠れないな」とかどうでもよいことばかりでした。
それでもやっぱり、最終的には「おじいちゃんが死んじゃったらどうしよう」というところにいきついて、不安とさびしさで、まだ何も起こっていないのに涙が出てきてとまりませんでした。
姉弟で一番上なのに、なさけないなぁとは思いつつも、どうしようもなかったです。
車中に流れる、カーステレオのCDのチョイスが絶妙に空気をよんでない明るい曲だったのが、逆に助かったかもしれません。
これでバラードばっかりだったら本当に気持ちも沈んでしまいましたので。
病院についたら、祖父はまた別の部屋に移動していて、今日は鼻から酸素を注入する器具がつけてありました。
そのせいか口でずっと息をしていて、前よりも苦しそうに見えました。
熱もかなりあがっていて、血圧も低くなっていました。
祖父の側にいって、みんなでよびかけても、今日は反応を示してくれませんでした。
目は全く見えていないようでした。
車いすの祖母が、祖父の側で「がんばりや がんばりや」と大声を張り上げて祖父を励ますのを、もう見てられなくなり、ここでも泣き通しでした。
途中からは呼びかけることもできず、手をずっとにぎっていました。
容態が急変したのは、8時半をまわったあたりだったと思います。
到着したとき80〜70の間をいったりきたりしていた血圧(最高)が、急に50台にまで落ち込み、30分後には30台にまでなり、呼吸も弱くなっていきました。
9時5分、家族みんなでお見送りしました。
いつかはこうなるだろうとわかっていたけれど、こんなに早いとは思いませんでした。
もっといっしょに遊びに行ったり、ごはんを食べたり、単純にもっとたくさんおしゃべりしたかったなと思います。
思えば、最初に怪我をして入院してから、まともに声を聞いていません。
入院してから、当然やせて、入れ歯の大きさがあわなくなっていたから、ずっとフガフガとしか声を発することができなくて、私たちの声を認識して返事をしようとしても、私たちが祖父の言葉を正しく聞き取ることが難しかったのです。
ずっと、「退院したら新しい入れ歯つくってもらおうね」と言っていたのに、それもかなわぬままでした。
弟の成人式も、来年にせまっていました。
私たち姉妹の結婚式を見たい、と言っていたのを、今思い出します。
相手すらいなくて、本当に申し訳ない。
病院から祖父祖母の家まで戻ってきて祖父の遺体を寝かせてあげる場所をつくらねばならず、家中掃除して場所をつくりました。
そのとき、祖父が書斎にしていた2階の部屋で、デジカメを見つけました。
祖父がつかっていたもので、結構新しくて性能の良いものでした。
なにげなく、カメラの中に入っていた写真を見ました。
庭に咲いたお花や、祖母の写真が沢山、入っていました。
祖父の目線で撮られた写真やムービーを見ていると、胸が熱くなってきます。
ひとつ、お花を撮ったムービーがあり、「なんだろうこれ?」と思って見てみると、そのムービーは、本当は多分、写真を撮ったつもりだったものみたいで、お花のワンショットのあと、それがムービーモードになっていることに気がついていない祖父が、手にカメラをぶらさげて歩いている足下やストラップがぶらぶらしているのがずっとうつっていて、家の中に入ってから、カメラを机の上におくまで、祖父の歩いた道のりと祖母との会話がずっと記録されていました。
ほとんど一年ぶりに聞いた祖父の声がやけに懐かしく感じました。
「そういえば機械とか新しいものを買うのは好きだったけど使いこなせてなかったな」とか、思わず笑ってしまいました。
こんなことを書いているだけで泣きそうになってきます。
でも私が泣いててもしょうがない。
妻である祖母や、娘である母が、一番悲しくて泣きたいでしょうから。
それでもお葬式とか現実的なことを、先に考えなくてはならないのは、とてもつらいと思います。
全部おわって落ち着いたらふたりきりにしてあげたいですね…。
デジカメの中身をプリントアウトして、祖母にあげようと思います。
約一年間、がんばってきたおじいちゃん、おつかれさま。
いままで苦労と迷惑ばっかりかけてごめんね。そしてありがとうございます。
そして祖父が入院した当初から、心配してくださっていたみなさま、ありがとうございました。
ご心配をおかけしてすみません。
明日はお通夜に、明後日はお葬式です。
忙しいですが、がんばります。